大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和44年(ネ)821号 判決

第一審原告 堀節治

第一審被告 国

訴訟代理人 山田二郎 外四名

主文

一審原告の控訴を棄却する。

原判決中、一審被告敗訴の部分を取り消す。

一審原告の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。

事実

一審原告代理人は、昭和四四年(ネ)第七五二号事件につき、「原判決中、一審原告勝訴の部分を除くその他の部分を取り消す、一審被告は一審原告に対し金七二万三三一二円とこれに対する昭和三六年一二月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ、訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。」との判決を、同年(ネ)第八二一号事件につき控訴棄却の判決を各求め、

一審被告代理人は、右第七五二号事件につき、控訴棄却の判決を右八二一号事件につき、「原判決中、一審被告敗訴の部分を取り消す、一審原告の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。」との判決を各求めた。

右両事件につき当事者双方の主張ならびに証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

一審原告代理人は、次のとおり述べた。

一、審被告が本件更正処分により徴収した税金のうち、一審原告の主張する誤認所得に対応する分が不当利得を構成するものであることは、原判決事実摘示のとおり、原審においてるる主張したところである。

本件更正処分が行政行為であつて公定力を有するものであり、また、本件更正処分のうち前記誤認所得に関する分についてはその救済制度があることを理由に右誤認所得に対応する徴収税金が不当利得を構成しない、という論理は、存在しない所得に所得税を賦課してはならないという所得税法の根本原則にてらし、また右の救済制度が手続規定の不備から必ずしも実効を挙げることを期しがたい(本件の場合は、まさにその実効が挙らなかつたのである。)ことから考えても、とうてい容認することはできないのである。

二、一審被告主張の後記一の事実は否認する、同二については争う。

一審被告代理人は、次のとおり述べた。

一、一審原告は、大沢金備ほか二名を連帯債務者として貸し付けた原判決記載の請求原因四(二)(1) (イ)(ロ)の貸付元金に対する利息損害金については、昭和三六年七月一九日裁判上の和解によつて一切これを放棄したのであるから、貸倒れに該当する旨主張する。

一審原告と大沢金備との間に、右日時に、裁判上の和解がなされ、同和解において一審原告が前記利息損害債権を一切放棄する旨定められたことは、右主張のとおりであるが、しかし、現実には、右和解成立の際、一審原告において大沢金備より右和解調書記載の金額以上の金額である八三〇万円(右金員中には利息損害金債権の弁済が含まれている)を受領しているのである。このように和解上では右利息損害金債権を放棄する旨定められていながら、実際には大沢金備が相当額の利息損害金債権を含む八三〇万円もの金員を支払つたのは次のような事情によるものである。すなわち、一審原告に対する高利の借入金債務に苦しんでいた大沢金備としては、一刻も早く和解を成立させ、一審原告に対する債務関係から離脱するとともに、同人に対して設定してあつた一切の抵当権を解消させたいと強く望んでいたため、東京都千代田区神田司町二丁目六番地所在の宅地(一審原告のため抵当権を設定してあつた土地をも含む。)、建物を張圭七に売却し、その売得金中から、一審原告に対して負担する総債務を弁済するために結局同人との間で話合いのついた金額である八三〇万円を同人に支払つて和解することとなつたが、和解調書の上では一審原告の要請を応諾して、右の八三〇万円の支払については何んの定めもせず、かえつて、一審原告において前記利息損害金債権を一切放棄する旨を定めることとした結果、結局、大沢金備は、実際には一審原告に対して和解調書外で八三〇万円を支払つて和解を成立させたのに、〈証拠省略〉のような和解調書が作成されるにいたつたのである。右のように和解によつて支払つた実際の弁済額が和解調書記載の金額をはるかに上廻つていた以上、このような事情のもとにおいては、少くとも右和解調書による利息損害金債権の放棄をもつて貸倒れと認定すべきものではない。そうだとすると、右貸倒れの存在を前提とする一審原告の不当利得の主張は、すでにこの点において理由がない。

二、のみならず、本件の場合のように、一審原告が課税年度(昭和二八年度)経過後の昭和三六年七月一九日に裁判上の和解によつて前記利息損害金債権を放棄し、貸倒れが生じたからといつて、このことから右課税年度における課税対象所得が失われたものとして不当利得の成立を認めるのは誤りである。いわゆる貸倒れ損失について、所得計算に反映させるとすればどのようにするかは、一にかかつて租税政策の問題であり、立法をもつて解決すべき事柄である。昭和三七年法律第四四号による改正前の所得税法においては、本件のような非営業貸金から生ずる利息損害金債権が課税年度経過後貸倒れとなつた場合にはこれを救済すべき争訟手続は定められていなかつたのである。その理由は、右のような貸倒れによる損失は、本来家事費ないし家事関連費に類するものであつて損失者自身の負担に帰せしむべき性質のものであるからである(なお、右改正前の所得税法一〇条二項参照)。ちなみに前記法律による改正後の所得税法一〇条の六(現行所得税法六四条)は、非営業貸金利息の貸倒れ損失については、その発生した年分の所得計算上、その回収不能となつた利息収入をなかつたものとして課税調整をすることができるようになつたが、元本債権の貸倒れ損失については、所得計算上全額控除が認められていない現状にあるのである。

以上の次第であるから、一審原告において前記利息損害金債権が貸倒れとなり、しかもこれについて救済手続がなかつたからといつて、直ちに右貸倒れ所得に対応して徴収した税金が不当利得を構成するものと認定するのは、早計であるばかりでなく、立法政策上の裁量権を無視するものであり司法審査の限界を超越するものである。

以上の次第で、本件更正処分により徴収した税金のうち、右貸倒れ所得に対応する分が不当利得を構成するという一審原告の主張は、いずれにしても理由がない。

〈証拠省略〉

理由

一、本件当事者間に争いのない事実、一審原告の本訴における主張、および一審原告の主張する各所得を以下それぞれ貸倒れ所得、誤認所得と略称することについては、原判決理由一および二と同一であるから、ここにこれを引用する。

二、そこで、まず、一審原告の誤認所得に関する主張について判断する。

当裁判所も、一審原告の主張する誤認所得が存在しないことを理由としてこれに対応する徴収税金が不当利得を構成するという一審原告の主張は、理由がないものと認める。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決理由三に説示するところと同一であるから、ここにこれを引用する(ただし、原判決理由三枚目裏八行目にある括孤内を削除する。また、同六枚目表八行目に「明らかであり」とあるのを「明らかである。」と訂正し、同八行目の「又後述する」から同一一行目の「考慮すべきではあるが」までを削除する。)。

(一)  一審原告が当審において主張するところは、誤認所得に対する救済制度が実効を挙げ得なかつたのは、一審原告の自認する事実、すなわち、本件更正処分当時の税法によれば、課税処分に対する不服申立はまず原処分庁たる税務署長に再調査の請求をし、しかる後国税局長に対し審査請求すべき旨定められていたこと、しかるに、一審原告が東京国税局長あての審査請求書を浅草税務署長に提出したこと、そこで、同税務署長が一審原告に対し名宛人を同税務署長とした再調査請求書に訂正するよう要求したこと、更に東京国税局長が一審原告に対し再調査請求に訂正するよう申し入れたこと、しかるに、一審原告はこれら要求や申入に応じなかつたこと、このため、同国税局長によつて一審原告の右審査請求が却下されたこと、これに対し一審原告は所得税更正処分取消請求訴訟を東京地方裁判所に提起したが、同裁判所において訴願前置を欠く不適法なものとして却下する旨の判決が言い渡され、これに対し一審原告は、控訴、上告をしたが、結局最高裁判所において上告を棄却され、前記却下の判決が確定するにいたつたこと、等の事実に徴して考えると、もとはといえば、一審原告が前記税務署長および国税局長の要求や申入れに対し、納得できるような事情も認められないのに、これに応じなかつたことに基因するものというべきであるから、その責はもつぱら一審原告において負担すべきものといわざるを得ないので右救済制度の実効を挙げ得なかつたことをもつて、その主張のように不当利得の成立を認めるべき理由とはとうていなしがたい旨付加するほか、原判決理由三に説示するところと同一の理由によつて採用することができない。

(二)  一審原告が当審において提出した甲号各証によつても、右認定をくつがえすことができない。

三  次に一審原告の貸倒れ所得に関する主張について判断する。

(一)  一審原告が、大沢金備ほか二名を連帯債務者として、(イ)昭和二七年一二月一九日貸し付けた三〇万円(利息日歩五〇銭)に対する昭和二八年中の利息損害金五四万七、五〇〇円、(ロ)昭和二八年三月二五日貸し付けた一五五万八、九五〇円(利息日歩一七銭)に対する昭和二八年中の利息損害金七四万四、七一〇円、以上合計一二九万二、二一〇円の利息損害金債権が発生したこと、および一審原告が、昭和三六年七月一九日裁判上の和解において右利息損害金債権を放棄する旨の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  そこで、一審原告は、右利息損害金債権を放棄したのは課税年度経過後にその回収が不能となつたので、やむなく放棄したものであつて、いわゆる貸倒れに該当すると主張し、一審被告はこれを否定するので、この点について考察する。

〈証拠省略〉および本件弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  一審原告は、前記二口の貸金債権(連帯債務者、鈴木利八、大沢金備、大沢園子の三名)等を担保するため、昭和二八年三月二三日、当時鈴木利八の所有であつた東京都千代田区神田司町二丁目六番の二、宅地六八・六一坪およびその地上建物等に抵当権の設定を受けたが、昭和二八年中から前記裁判上の和解が成立するまでの間に、前記連帯債務者らより右の貸付元金のみならず前記利息損害金の支払を受けたような事実はなかつたこと。

(2)  昭和三四年三月二七日、鈴木利八が死亡し、その相続人である鈴木コト、鯨岡利子、大沢園子、鈴木キン、鈴木満寿子が共同相続によつて右宅地建物等の所有権を取得するにいたつたところ、右の共同相続人らは、そのころ、一審原告を相手どつて、前記抵当権設定行為の無効等を理由として東京地方裁判所に訴訟を提起(同裁判所昭和三四年(ワ)第二八七号事件)し、同訴訟の係属中である昭和三六年七月一九日、右共同相続人らと一審原告との間に、右共同相続人らは一審原告に対し(相続によつて承継した)前記二口の借入金債務元本(合計一八五万八、九五〇円)の支払義務あることを認め、一審原告は右共同相続人らに対し右の元本についての利息並に損害金債権をすべて放棄しこれを請求しないこと等を内容とする裁判上の和解が成立するにいたつた(この利息損害金債権の放棄を内容とする和解成立の事実については当事者間に争いがない。)。

(3)  前記連帯保証人の一人である大沢金備は、一審原告に対する前記借入金債務の元本および利息損害金債務の弁済に苦慮した結果、前記抵当物件を他に売却処分し、その売得金をもつて右債務の弁済にあてようと考え、前記共同相続人らの承諾を得たうえ、同人らを代理して、昭和三六年四月二日ころ、張圭七に前記抵当物件等を売却(売渡土地合計約一〇六坪、売値評価額一坪当り五〇万円)し、同月二一日同物件につき右売買を原因とする所有権移転登記手続を経由し、そのころまでに同人より代金合計八五〇万円の支払を受けた。そこで、大沢金備はそのころ、一帯原告と話し合つた結果、前記訴訟事件において同人との間で和解することとなつたが、他方、右物件を買い受けた張圭七としても、右物件に設定された抵当権の負担を解消する手段を講ずるため、自己の側から榊原正枝を利害関係人として右和解に参加させることとした。

(4)  そこで、昭和三六年七月一九日、前記共同相続人らの代理人尾形慶次郎、一審原告代理人松本乃武雄、右利害関係人の代理(稲垣規一、大沢金備、一審原告本人、張圭七らが東京地方裁判別に出頭して右各関係人ら間で話し合つた結果、結局、「前記共倒相続人らは大沢金備とともに、一審原告に対する前記二口の旧入金合計一八五万八、九五〇円、および貸主大木みよ名義の昭州二八年七月二九日付借入金二五〇万円(利息日歩二〇銭)、およびこれらの借入金に対する利息損害金債務の弁済として合計八三〇万円を支払うこと、この八三〇万円は、右の共同相続人らにおいて前記抵当物件を買い受けた張圭七から受領する売買代金をもつて支払うこと、一審原告は、前記共同相続人ら所有の土地建物上に設定された抵当権を、その被担保債権とともに張圭七側の利害関係人榊原正枝に譲渡すること」等の約定をしたうえ、即日、右抵当物件を買い受けた張圭七が前記共同相続人らに代つて一審原告に対し右の八三〇万円(現金および銀行小切手)を支払い、前記裁判上の和解を成立させた。ところが、その際、一審原告側において対税策等を考慮したところから、和解調書上では前記共同相続人らにおいて前記二口の貸付元金だけの支払義務あることを認めることとし、その利息損害金債権は一審原告においてすべて放棄した旨表示するよう強く要求し、また大沢金備の側としても、一審原告の右要求を容れて、和解調書上の表示を右のとおりにしたとしても、ともかくこの和解を成立させることによつて前記借入金問題を早期、かつ円満に解決すべきことを希望したところから、前記各関係人ら間において話し合つたすえ、同和解調書のうえでは、「右の共同相続人らが一審原告に対して前記二口の借入金債務元本合計一八五万八、九五〇円(すなわち、貸主大木みよ名義の分を除く。)の支払義務あることを認める、一審原告は、右の共同相続人らに対し右二口の貸付金元本についての利息損害金債権をすべて放棄する、一審原告は前記二口の貸付元金債権、ならびにその担保として前記土地建物に設定された抵当権を(張圭七側の)榊原正枝に代金一八五万八、九五〇円で譲渡する、一審原告が右土地建物について申し立てた抵当権実行による競売事件の手続を榊原正枝において受け継ぐこと」等を和解条項とすることに合意し、その結果〈証拠省略〉のような和解調書が作成されるにいたつた。

以上の事実が認められる。〈証拠省略〉の各記載、および原審における一審原告本人尋問の結果中、右認定にていしよくする部分は、前記各証拠に対比してたやすく信用しがたく、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

右認定の事実からすると、前記裁判上の和解調書上には、一審原告が貸主大木みよ名義の分を除くその他の前記二口の貸付元金に対する昭和二八年中に発生した利息損害金合計一二九万二、二一〇円の債権(本件貸倒れ所得)をすべて放棄する旨記載されているが、その実は一審原告において、前記三口の貸付元金合計四三五万八、九五〇円、およびこれに対する利息損害金を含む合計八三〇万円の支払を受けていることが前記に認定したとおりである以上、このような事情のもとにおいては、少くとも一審原告としては、本件貸倒れ所得に該当する前記合計一二九万二、二一〇円の利息損害金債権の全部または一部を回収したか、または客観的にみて十分に回収可能であつたものと認めるのが相当である。

そうだとすると、一審原告が前記裁判上の和解において右の利息損害金債権を放棄したからといつて、これをもつていわゆる貸倒れに該当するものということはとうていできないのである。

そうすると、一審原告のいわゆる貸倒れの存在を前提とする不当利得の主張は、すでにこの点において理由がない。

(三)  それのみでなく、一審原告の前記二口の貸付元金に対する利息損害金債権(本件貸倒れ所得)について課税年度経過後に貸倒れが生じたものと認められるとしても、この貸倒れ所得に対応して徴収された税金が不当利得を構成するものとは解せられない。すなわち、本件貸倒れが発生した当時施行されていた所得税法(昭和三七年法律第四四号による改正前のもの、以下旧所得税法という。)においては本件のような非営業貸金(この事実は、〈証拠省略〉、および弁論の全趣旨を総合してこれを認める。)、およびその利息損害金債権等について課税年度経過後に貸倒れが発生した場合、これを救済すべき争訟手続が定められていなかつた。そこで、このような制度のもとにおいて前記のような債権について課税年度経過後に貸倒れが生じた場合にはそれまで適法とされた課税処分も、結局は存在しない所得に課税した結果となり違法性を帯びることになるが、この場合における救済手続が設けられていない以上、その不合理な結果を是正するため、当該課税処分が取り消されることなく依然存在していても、これによつて徴収された税金は正義公平を基本原理とする不当利当の法理の適用により法律上の原因のない利得となる、と解するのも、たしかに一個の見解であると思れわる。

しかし、(イ)旧所得税法においては、本件のような非営業貸金(利息損害金を含む。)は、おおむね家事上、あるいはたまたま貸付をなすことによつて発生するものであるため、事業上の貸金とは区別されるものであり、したがつて、その貸倒れによる損失については、雑損控除のごとく不可避的原因によるものとはいえず、むしろ家事上の出費、あるいは家事関連費に伴なう損失に包含さるべきものであつて、概して担税力を滅殺するような性質のものではないものとして所得計算上これを資産損失とする必要を認めなかつたものと考えられること(なお、前記法律による改正後の所得税法においても、非営業貸金等の貸倒れについては右のような基本的考え方を依然維持しているのであつて、ただこの場合著しく不合理な結果を生ずるのを避けるため、第一〇条の六を創設し、「所得計算の基礎となる収入金額の全部または一部が回収不能となつた場合には、回収不能となつた債権のうち、その発生した年分の所得計算上収入金額とされた利息債権に限り、その回収不能となつた利息収入をなかつたものとみなす」こととして課税調整ができるものとし(なお、同法第二七条の二参照)、次いで、現行所得税法においても非営業貸金等の貸倒れについては依然当該貸金そのものの控除を認めず、ただその元本損失につき、「その貸倒れとなつた年分の雑所得の金額を限度として、その年分の雑所得の金額の計算上必要経費に算入することとして」その損失控除を認めるにいたつた(現行所得税法第五一条第四項参照)に過ぎないのである。(ロ)所得税法(旧法とも)においては、所得の算定につきいわゆる発生主義を採用している以上、課税年度経過後に貸倒れが発生したとしても、課税年度において債権が存在するものとしてすでになされた課税処分が遡つてかしを帯びるにいたるものとは必ずしも解せられず、仮りにこの場合、当該課税処分は、右貸倒れが生じた以後においてかしを帯びるにいたるものと解すべきものであるとしても、当該課税処分は、かしを帯びたものとはいえ、権限ある行政庁、または裁判所によつて取り消されるまでは依然存続していることには変りはないものといわなければならないこと(この場合、右課税処分が無効となると解せられないことは論ずるまでもないところである。)、(ハ)金銭債権といえども、回収不能が確定しない限り、その発生時点においてすでに財産的価値を有するものと認むべきであるから、その時点において所得が実現したものとして、これに課税するのも(いわゆる発生主義の採用)、形式性、画一性、技術性等を重視する税法のもとではそれ相応の合理性があると考えられること、(二)雑所得について貸倒れ等が発生した場合、遡及的、個別的に課税調整を認めるときは、事業所得についても同様の救済を認めねばならなくなり、右救済を認めることは理念として(実質課税主義)好ましいことではあるが、かくては所得税法全体の体系を崩す虞れを生ずること、等の諸点から考えると、本件のような非営業貸金にかかる利息損害金債権について課税処分がなされ、その課税年度経過後にいわゆる貸倒れが発生した場合であつて、しかも税法上この場合の救済制度が設けられていなかつたものとしても、当該課税処分が権限ある行政庁ないしは裁判所によつて取り消されない限り、当該課税処分にもとづいて徴収された税金は法律上の原因のない利得であつて不当利得を構成するものとはいえない、と解せざるを得ないのである。

そうだとすると、一審原告のいわゆる貸倒れの存在を前提とする不当利得の主張は、この点からも理由がない。

四、よつて、原判決中、一審原告の誤認所得に対応する徴収税金についての不当利得の請求を棄却した部分は相当であるが、一審原告の貸倒れ所得に対応する徴収税金についての不当利得の請求を容認した部分は不当であるから、一審原告の本件控訴は理由がないが、一審被告の本件控訴は理由があるので、民事訴訟法第三八四条第一項、第三八六条、第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 杉山孝 唐松寛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例